STORY

第二章

二つの記憶

書物に残された記憶と、札にこめられた祈り。
二人は旅の中で、そのつながりに気づき始める。

第二章「二つの記憶」

10/13 配信約8分で読めます

文字
背景

朝。

絵師見習いが目を覚ますと、巫女見習いはもう支度を終えていた。

「遅い」

「まだ朝じゃないか」

「朝だから起きるの」

女天狗は木の上に座って、二人を見下ろしていた。

「今日も仲がいいですねえ」

「よくない!」

声がそろう。

女天狗は満足そうに笑った。

三人は富士山の南へ向かった。

やがて、大きな鳥居が見えてきた。

富士山本宮浅間大社ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ。

巫女見習いは鳥居の前で立ち止まった。

さっきまでとは、顔つきが違う。

「どうした?」

「ここは、特別なの」

巫女見習いが仕える神社も、富士山をまつる神社の一つだ。

そしてここは、それらの中心となる神社だった。

「だから、里帰りみたいなものか」

「ちょっと違うけど……まあ、そんな感じ」

巫女見習いは少し照れながら鳥居をくぐった。

巫女見習いの足取りが、少し変わった。

富士山本宮浅間大社の境内で、光る絵巻と紙に驚く絵師見習いと巫女見習い、見守る女天狗

境内を歩いていると、胸元の紙が震えた。

「まただ」

三人は足を止めた。

巫女見習いが目を閉じる。

「ここにも、だれかの祈りが残ってる」

「札はあるのか?」

「分からない。でも……近い気がする」

そのとき、絵師見習いの絵巻も、かすかに光った。

二人は顔を見合わせた。

昨日と同じだ。

札の気配がすると、絵巻も反応する。

「やっぱり、何かつながってる」

絵師見習いが言った。

女天狗は黙っていた。

「何か知ってるだろ?」

「さあ?」

「絶対知ってる」

「旅には、知らない方が楽しいこともあるんですよ」

「ずるい」

女天狗は笑って、先へ歩き出した。

白糸ノ滝しらいとのたきでは、岩の間からいくつもの水の流れが落ちていた。

「すごい……」

巫女見習いが見上げる。

三人はしばらく、言葉を忘れて見入った。

白糸ノ滝のそばで休みながら話す三人

絵師見習いは、もう絵巻を広げていた。

「ちょっと! また先に描いてる!」

「だって、消えちゃうだろ」

「滝は消えないわよ」

「今見てる滝は、今しかない」

巫女見習いは言い返そうとして、やめた。

「……たまに、それらしいこと言うのね」

「たまにってなんだよ」

女天狗が笑った。

三人は滝のそばで休んだ。

絵師見習いは、昨日から気になっていたことを聞いた。

「女天狗さんって、ずっと富士山にいるの?」

「まあ、長いですよ」

「家族も?」

女天狗の羽団扇が止まった。

ほんの一瞬だった。

「父上がいます」

「お父さんも天狗?」

「ええ。とっても大きくて、とっても強くて……」

そこで言葉が切れた。

「今は?」

巫女見習いが聞いた。

「さあ、先を急ぎましょう」

女天狗は立ち上がった。

さっきまでの笑顔は、もうなかった。

白糸ノ滝を離れ、三人はさらに富士山のふもとを進んだ。

やがて、視界が大きく開けた。

二人は足を止め、富士山を見上げた。

「こうして見ると、やっぱり大きいな」

「昔の人も、同じ山を見ていたのよね」

巫女見習いは静かに手を合わせた。

絵師見習いもまねをした。

すると――。

胸元の紙が、強く震えた。

「!」

同時に、絵巻が開いた。

風もないのに、紙がめくれていく。

一枚。

また一枚。

そして、あの人影が現れた。

想いの伝い手。

前よりも少しだけ、はっきりしている。

その姿のそばに、見覚えのない文字が浮かんだ。

「これ……」

絵師見習いが指でなぞる。

文字はすぐに消えてしまった。

けれど、一つだけ読めた。

――祈り。

「書物に、祈り?」

巫女見習いが胸元の紙を握った。

「わたしが探している札にも、祈りがこめられている」

二人は女天狗を見る。

今度は、女天狗も笑ってごまかさなかった。

「少しだけ、近づいたようですね」

「何に?」

女天狗は富士山を見上げた。

「昔の人たちが、残そうとしたものに」

その後も三人は旅を続けた。

人穴富士講遺跡ひとあなふじこういせきには、たくさんの石碑が並んでいた。

「これ、全部?」

絵師見習いが驚く。

「昔、富士山を信じた人たちが、遠くからここまで来たんですよ」

女天狗が答えた。

「歩いて?」

「もちろん」

「うへえ……」

「あなたたちも歩いてるでしょう」

「僕たちは旅だから」

「同じですよ」

巫女見習いが笑った。

女天狗は石碑を見渡した。

「ここに残っているのは、石だけではありません。歩いてきた人たちの願いも、きっと残っているんです」

女天狗の言葉に、二人は自分たちの旅の意味を、少しだけ重く受け止め直した。

石碑が並ぶ人穴富士講遺跡にたたずむ女天狗

田子の浦たごのうらでは、海の向こうに富士山が見えた。

山で見る富士山とは、まるで違う。

絵師見習いは夢中で描いた。

巫女見習いは、その横で海を眺めていた。

「ねえ」

「ん?」

「あなたの書物って、本当に一冊の本なのかな」

筆が止まった。

「どういうこと?」

「いろんな場所で、絵巻が反応してるでしょう」

巫女見習いは胸元の紙に触れた。

「わたしの札も同じ。どこかに一枚だけ隠されてるんじゃなくて、いろんな場所に何かが残ってる」

絵師見習いは考えた。

書物は、ばらばらになった。

そう聞いていた。

だが、ばらばらになったのは紙だけなのだろうか。

そこに書かれていた話。

それを語った人。

その人が見た富士山。

それも全部、書物の一部なのではないか。

「だったら……」

絵師見習いが言った。

「全部、見て回るしかないな」

「やっぱりそうなる?」

巫女見習いがため息をついた。

女天狗が楽しそうに笑う。

「富士山一周ですね」

「簡単に言うなよ!」

その日の夕方、三人は古い宿で休むことにした。

木の床は歩くたびに、みしりと鳴った。

絵師見習いが荷物を置き、巫女見習いも胸元の紙を確かめる。

「ちゃんとある」

「なくすなよ」

「あなたに言われたくない」

「僕はなくしてない」

「昨日、筆を一本探してたでしょう」

「見つかったからいいんだよ」

女天狗が笑いながら、部屋の戸を閉めた。

しばらくして。

「ない!」

巫女見習いの声が宿中に響いた。

「何が?」

「紙! 札を探すための紙!」

布団の下。

荷物の中。

袖の中。

何度探してもない。

「さっきまで持ってたのに!」

「落とした?」

「落としてない!」

そのとき。

くすくす。

部屋の隅から、笑い声がした。

三人が振り返る。

赤い着物の小さな女の子が、柱のかげから顔を出していた。

座敷童
いたずら好きの案内役座敷童

手には――。

巫女見習いの紙。

「あっ!」

「これ?」

女の子はにっこり笑った。

「返して!」

巫女見習いが近づく。

すると女の子は、するりと柱の向こうへ消えた。

「え?」

次の瞬間、反対側の障子の前から顔を出す。

「こっちだよ」

「ちょっと!」

巫女見習いが追う。

また消える。

今度は押し入れの上。

「こらー!」

絵師見習いは腹を抱えて笑った。

「完全に遊ばれてる」

「笑ってないで捕まえて!」

女天狗だけは、少し困ったような顔をしていた。

「座敷童さん。そろそろ返してあげてください」

「座敷童?」

女の子は頬をふくらませた。

「子どもみたいに呼ばないで」

「いや、子どもだろ」

絵師見習いが言う。

女の子の目が細くなった。

「おまえより、ずっと年上だよ」

「僕より?」

「おまえのおじいちゃんより」

「えっ」

「そのおじいちゃんのおじいちゃんよりも」

絵師見習いの口が開いたままになった。

座敷童は満足そうに笑う。

「こう見えて、長くいるんだから」

巫女見習いが手を差し出した。

「分かったから、返して」

座敷童は紙を見た。

さっきまでのいたずらっぽい顔が、少しだけ変わった。

「これ、本物の札じゃないね」

「分かるの?」

「分かるよ」

「どうして?」

座敷童は答えず、巫女見習いをじっと見た。

顔。

髪。

白い小袖。

そして、その立ち姿。

「……似てる」

「何が?」

「むかし会った子に」

巫女見習いが目を丸くする。

「子?」

「巫女だったよ。あちこち歩いて、話を聞いて、何でも書いてた」

絵師見習いが立ち上がった。

「それって!」

座敷童は少年を見る。

「名前は知らない」

「でも、もしかして『想いの伝い手』って――」

「みんな、あとから勝手に名前をつけるからねえ」

座敷童はつまらなそうに言った。

「その人に会ったことがあるの?」

巫女見習いの声が少し震えた。

「あるよ」

「どんな人だった?」

座敷童は、また巫女見習いを見る。

「しつこい人」

「え?」

「話を聞くまで帰らない。聞いたら聞いたで、もっと教えてって言う」

絵師見習いが笑った。

「なんか、巫女見習いに似てる」

「どこがよ!」

「そういうところ」

座敷童も笑った。

それから、巫女見習いに紙を返す。

「はい」

受け取った瞬間、紙がかすかに震えた。

「!」

座敷童は、その震えを見ても驚かなかった。

ただ、小さくつぶやいた。

「やっぱりね」

「何が?」

「なんでもない」

「絶対なんでもなくない!」

「子どもは早く寝な」

「だから、あなたに言われたくない!」

巫女見習いが言い返した瞬間。

座敷童の姿は消えていた。

部屋に残ったのは、くすくすという笑い声だけだった。

絵師見習いは女天狗を見る。

「知り合い?」

「長く生きている者同士、顔くらいは」

「じゃあ、本当にあの子、すごく年上なの?」

女天狗は笑った。

「年齢を聞くと怒りますよ」

廊下の向こうから声が飛んできた。

「聞こえてるよ!」

三人は顔を見合わせた。

その夜。

絵師見習いは絵巻を開いた。

想いの伝い手には、少しずつ色が戻っていた。

巫女見習いの紙にも、今までなかった小さな印が浮かんでいる。

二人の探しものは違う。

けれど、どちらにも同じものが残されている。

人が富士山へ向けた、想い。

「これを全部たどったら、どうなるんだろう」

巫女見習いがつぶやいた。

女天狗は、たき火を見つめていた。

「全部が、同じように見つかるとは限りませんよ」

「どういうこと?」

「深く隠れた記憶もあります」

二人が顔を上げる。

「たくさん巡って、たくさん知って――」

女天狗は、火の向こうで静かに笑った。

「それでも、ようやく見えるものがあるんです」

火の粉が、夜空へ舞い上がった。

その向こうに、富士山の黒い影が見えていた。

翌朝、三人は河口湖へ向かう道をたどった。

途中、第一章でも訪れた北口本宮冨士浅間神社の参道を、もう一度通りかかった。

「……今、何か聞こえなかった?」

巫女見習いが振り返る。

苔むした石灯籠の陰で、小さな影が三つ、あわてて身を隠した。

河童と狸と鬼の子だった。

「またあの三人か」

絵師見習いが苦笑する。

「さあ、先へ行きましょう」

女天狗に促され、三人は参道を後にした。

その先には、朝霧の立ちこめる河口湖が待っていた。

北口本宮冨士浅間神社の参道で振り返る巫女見習いと、石灯籠の陰に隠れるお邪魔三人組

第二章 了

NEXT CHAPTER

次章予告

第三章

第三章

知恵の狐

河口湖に現れた白い狐。謎めいた案内の先で、二人は「ヺウキャク」の存在を知る。

10/27 配信予定

物語の舞台を、
あなたも巡ってみませんか。

カード一覧・配布箇所を見る

公式LINEに登録

物語の一覧へ戻る